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zoom RSS 痒みとの付き合いれき。

<<   作成日時 : 2017/07/14 09:20   >>

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1月からの局所的な悪化はまだ続いていて、更にこの季節ならではの全体的な悪化、気温による不調……すべてドカンと来てます。

痒みとの付き合いは慣れたもので
むしろ痒みのない感覚がわからない。


はじめて痒みや肌荒れを感じたのは小学校高学年の夏。
その前から、夏になって外を歩くと「背中がピリピリする」(針でちくちく刺されているような感覚)と言ってたのだけど、これがアトピーのはじまりだとそのときは自覚がなかった。
夏、外の掃除でほうきを持って掃くと、ほうきを持って曲げている肘の内側が真っ赤になって痒くてたまらない。このときの辛さは今でも覚えている。程度としては軽かったけど、「みんなが普通にやっている動作が自分には痒い」という辛さ。
今ならハンカチをはさむとか、室内の掃除に変えてもらうよう交渉するとか色々手があったなと思うけれど。

そのとき、家族からはあせもだと言われ
たぶんほどなくしてステロイドを使いはじめた。

コントロールできないようになるのは早くて、ちゃんとステロイドを塗ってるのに中1ではふくらはぎに湿疹がいっぱいできて体育のハーフパンツやスカートがイヤだった…(そうとう酷かったので今でも跡が残っている)
中2のころは首筋がひどくて浸出液にまみれ、痛みとの戦い。お風呂は悲鳴をあげるほどで、風がしみる感覚もこのころに覚えた。風がしみるので首にスカーフを巻いて外に出たり、掻かないように夜は手首を縛って寝ていた。
このころが一番ステロイドを塗っていた。

そのあと、少し皮膚科に行くのをサボるようになっていったけど
高校大学のころは中学のときよりはマシだった。

とはいってもまぁ辛さはあり
薬や保湿剤、化粧水などいろいろ試しました。。
浸出液が下着にくっついたり、かぶれたり、しみたり…は当たり前だったので
社会人になって自分で調べた皮膚科に通うことにした。
その先生は「僕が診てきたなかでもだいぶ酷い。でも、よくなります。一緒に治しましょう!」と言ってくれ、思わず泣いた。

でも…
その治療は
湿疹が出ていないところまで保湿剤とステロイド剤を混ぜた軟膏を塗るもので
つまり湿疹が出ていないところまで
ステロイドなしではいられない皮膚になってしまった。

かなり真面目に通ったけど
ステロイドは高いから塗る量が多かったここの治療はとにかくお金が飛んでいった。
おまけによくならない、、
このころ、付き合ってた今のダンナからはステロイドをやめたほうがいいんじゃない?と言われていたけど、私は薬なしで過ごせる気はしなかったし、ステロイドがよくないとも思っていなかったので、いやいや無理だし(^^;って感じだった。

一年半後くらいに
職場のことでうつ病を発症。
心療内科に通うことになった。
そこの先生は心療内科では珍しく、薬はなしでいられるならそのほうがいいし減らせるなら減らした方がいいという考えだった。
私の状況を聞いて、ステロイドはやめたほうがいいと思うと言った。
それでも少しの間はもとの皮膚科に通っていたけれど…だんだんうつ病のせいで無理もきかなくなり、心療内科と皮膚科両方に行くことがつらくなる。
皮膚科の待ち時間に涙が止まらなくなった。
それから、心療内科(皮膚科も併設していたので)で皮膚の相談もすることにして、それと同時にステロイドをやめた。
脱ステという言葉は知らなかったし、とりあえずステロイドをやめて保湿剤だけに。

そこからはもう本当に色々試して
調べて……

結婚、妊娠、出産、うつ病の寛解、いろんなことを経たけど
脱ステ医にかかる体力すらなかった。
そのときぐらいからはブログにだいぶ吐露してきたのでもうここでは書かないけど。
よくなって、リバウンドして、の繰り返し。
よくなったときは、ステロイドを使ってないにもかかわらずこれまでの人生のなかでももっとも快適ってくらいいい状況。
リバウンドしたときは、中2のころの辛さを思い出す。


まぁ…書いてて疲れるくらい長いつきあいだ。



昔は
「痒い」ことを人に言えなかった。
友だちにも言えなかったし、付き合ってる人にも言えなかったし、親にも言えなかった。
はじめはブログにも書けなかった。

誰の共感も得られないと思ってたし
なにより弱みを見せたくなかった。

だから見た目がどんなに酷くても平気な顔をしていたし
親から 掻くな! とか 汚い! とか言われ続けても
辛さをわかってもらいたいとは思わなかった。
血まみれになるたびにただただ一人で絶望していた。


一人で抱えることにべつに苦しさは感じてなかったけど
大学のとき、同じダンススタジオに通う大人のひとにアトピーの人がいて
そこで人と共感しあったり、まわりの人が協力してくれるあたたかさを知った。
下着をつけるのが辛い!とか、普通わかってもらえないだろうと思ってたことを外に言えたのは大きなことだったな。


今は、悪化してるけど精神的には解放されていて。
昔だったら一人で思ってた、痒い!っていう思いも家で言えるし、
ダンナは私のことを 汚い とか あんたのせいで部屋が汚れる とか絶対言わない。

踊りたくて続けているママバンドでは
この衣裳は辛い、とか このあたりは休みたい、とか言える。


まぁ、基本的にそのほかの環境では言われても困るだろうし言わないけど。
でも、言えるようになったら過ごしやすくなった。

付き合っていくしかないんだから。

アトピーは治らないけど、リバウンドはまたよくなるって信じてる。
もう少しがんばろー。

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